渋谷すばるを

どういう風に好きだったのか。

年季の入ったオタクというわけでもなければ新規というわけでもない、JUKEBOXから関ジャニ∞と、関ジャニ∞渋谷すばるにハマって今まで過ごしてきました。

自分の思ってることの言語化や好きを語るということが苦手なので、こうやってiPhoneのメモ開いてることすらちょっと不思議な感じがします。が思っていたことをまとまらないなりに文章にしたいと思ったのでポツポツ打っていくことにします。

渋谷すばるの何をどう好きになっていったかを喋るのは控えめに、ざっくりどんな存在だったかというと

「神様」でした。

というかJUKEBOXの渋谷すばるは何をどう差っ引いても神様じゃね?って思ってその第一印象をずるずる引きずっています。

渋谷すばると言う人はもう別の次元の人、

というか人じゃねぇヤベェやつ、なんだこいつ。

なんだそのライブの歌ってる時の姿、

見てろ届けるからなって切実な思いからか眉根に深く皺をきざんで、怒ったような、今にも泣きだしそうな、そのくせ幸せそうなキッツイ目で客を見て。

右手でマイクをひっつかんで左手に真っ赤なコードを握りしめて。喉の筋肉も血管もブチギレておまけに顎外れるんちゃうかって思うぐらい大きく口を開けて。

ひたすら目の前にいる存在に向かって声を届けようと、決して大きいとは言えない身体に思いっきりなんかしらの力をためて、熱を纏わせて、ステージの上で開放、咆哮する姿。やばいとしか言えない。そんなんもう目の前にするととにかくやばい。その声を欲する。そちらを見ざるを得ない。受け止めると五感が満足する。魂が震えるってこういうことを言うんやって、彼を以って理解する。夢中になる。没頭する。彼が喉を震わせてる姿を見ると頭の奥の方が真っ赤に染まる感覚に襲われる。

結果なんかよくわからんけど救われた気になる。今この場所世界一平和やん?ほんまやん!お前のいう通りやん!最上級にありがとう!幸せ!って気持ちにさせてくれる。

これをこんな存在をなんて呼ぶ?神やん、、神様やん、、っていう感覚。

と、

それプラス最近は第二の神(?)も降臨しました。

崇める神というよりかは概念的な、、

話すこともなければ関わることもない。

ただただ存在してくれているだけでいい。

存在してることが当たり前。存在を疑わない。

神社に行ったらお決まりのように祈ってしまったり、願ってしまったりする、なんかいいことがあったら神様のおかげだー!とか思ったりするタイプの、

言ってしまえば都合のいい存在。絵にするとおじいちゃんのやつ。そんな感覚も加わりました。

渋谷さんのことをつらつら書き連ねるにあたって必須なのは関ジャニ∞のことだときっとこれからも思うので、、、私にとって関ジャニ∞ってどういう存在やったかということも申し上げますと。

下手な芸人よりトークおもろい、行動がおもろい、ツッコミがおもろい。顔がいい。歌って踊るし爆イケバンドもしちゃうばりばり売れっ子ジャニーズアイドル。なのにどこか小物感も残してくれてて可愛さもある。気取ったところがなくて人懐っこい。

個性強すぎ性格バラバラ過ぎやのに仲良い。バランスがいい。一緒に苦楽を共にしてきたもはや家族感がたまらない。身内が何より大事で大好きで情に溢れてるのが言葉の端々から感じ取れる。

元気と感動と萌とエモと笑いと好きと他にも色々。見てるだけで日々の生活に潤いを与えてくれる。プラスの気持ちを分けてくれる。

こんなん好きになるしかない、好きになれてよかった。はちゃめちゃにかっこいい最高の7人組のアイドルグループ。

です。

(余談ですがバラエティは関パニから入ったのでそれ見た時は「吉本若手イケメン芸人ジャニーズ支部」って思いました。)

関ジャニ∞っていうサイコーに陽気でやんちゃで三枚目でグズグズな関西のおっちゃんらのグループの中にいた渋谷すばるをそんな存在として眺め受け止めてきました。

ここで、どうしてこんなこと急に文章にしたくなったか思い出したのでそちらの方向へ話を持っていくことにします。上記のことはあまり意味を成さなくなったぜイェー、、、

さて渋谷すばるが脱退表明をしました。

4月15日がまぁまぁ忘れられない日になったわけですが、あんな泣くかね?(CV横山裕)ってぐらい泣きました。自分でも引きました。と同時に自分めっちゃ渋谷すばるすきやったな、、、って恥ずかしくなりました。その日は「なんで?」「悲しい」で頭いっぱいになってめっちゃ泣きました。

しばらく経ってから「なんで?」と「悲しい」の気持ちは渋谷すばるに対しての「怒り」に変わって、関ジャニ∞への「心配」の気持ちが膨らんで、そこからさらに時は進んで諦め期間に入ってひたすらに距離をとってもいいよくわからないふわふわしてるけど確かに「悲しい」みたいな感覚に陥って、間に合わせのような怒涛のテレビでのお別れラッシュで見たくないけど見ないと最後だし見たいし見たくないしでも見るぅぅって見たら案の定心をぐっちゃぐちゃにされて今に至ります。簡単ではありますが己の心の動きはそんな感じでした。

この間すっごく、そして最も自分でも謎だったのが

渋谷担なのに、なんで渋谷さんの今後のことよりもこれからの関ジャニのことばっか心配してしまうんやろう、挙句もう応援できないなんて思ってしまうんやろうてことでした。

その時は決定的な理由は見つからんかったんですが、いくつかそれっぽい理由は見つかってたきがします。

渋谷さんはまぁなんとかやっていくビジョンが見えるけど関ジャニ∞の一員が抜ける穴はでかい。どうしていくんや先が見えない

総括するとそんな感じ。ですよね。

多分みんなが思ったやつ。

そこじゃないやつ。ほんまのほんまの自分の中でストンとくる理由が最近見つかって。そのことを言葉にしときたかった。

家族のようにお互いを思いやり好いている関ジャニ∞が好きです。

関ジャニ∞というグループを愛する横山裕村上信五丸山隆平安田章大錦戸亮、そして渋谷すばるが好きです。

関ジャニ∞のメンバーみんなが関ジャニ∞というグループと、関ジャニ∞のメンバーを好きなように

私もまた関ジャニ∞というグループと関ジャニ∞メンバーが好きです。

私は知らず知らずのうちにほんっとうに自分勝手な思い込みをしてしまっていて。

関ジャニ∞メンバーが他の関ジャニ∞メンバーに対して、好きだ大切だと思っている気持ちは

私が関ジャニ∞のメンバーに対して好きだ大切だと思っている気持ちに酷似していてそれでいてより強くて何をも凌ぐ強い思いなのだと。そう思っていたみたいです。

関ジャニ∞渋谷すばるがいなくなるという事実。

その決意をする前に安田章大が病と戦っていた事実。

関ジャニ∞として立ち止まってはいられないし乗り越えなければいけない現実。

どうしようもなく意味がわからなくて、悲しくて、寂しくて。本当だったら全部投げ出して考えるのをやめたくなるような出来事が続いていたし、今も続いているのに、それでも彼らは歩みを止めず、なんなら隠し通そうとまでした。

ファンの為。ひたすら前を向いて後ろを振り返ることもなく。もしかしたら横にいる仲間の顔を覗き見することもなくがむしゃらに歩き続けていたのでしょう。

「長い期間かけて、たくさん話し合って決めたことやからもう次へ、6人で歩き出せるよ。歩き出すよ。付いてきてね」って言うてくれるファンの為のその言葉はとても心強いけれど。

でも貴方達だって関ジャニ∞のファンでしょうよ。貴方達自身もそこに入れてあげてよ。繰り返し話し合いを重ねていた間みんなの心は削れていたでしょう。休む暇かてなかったでしょう。休んで欲しいんですよ。そんな人たちに対して頑張れなんて言えないんです。

おかしな気持ちなのは百も承知で、でも、それでもなんだか、なんだかなぁ。

気持ちが追いつかない。

それだけのことにこんな大それた文章くっつけるのも、アホな話ですね。

寝るか

おやすみ。